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「悪党芭蕉」
嵐山光三郎 著
新潮社
 カエルを一躍わが国の文学界のスターダムに押し上げたのは、ご存知芭蕉のあの一句だろう。
 その一句、「古池や蛙飛びこむ水の音」のそれまでの俳句にない革新性と、芭蕉の天才的な創作についてエッセイストの嵐山光三郎が『悪党芭蕉』のなかで論じている。この句は貞享(じょうきょう)3年(1686)春、深川の芭蕉草庵で弟子たちを集めて行った、蛙の句を詠んで勝ち負けを決める「蛙合」で披露された。
 そのすごさを嵐山氏は丹念な文献の読み込みと独創的な分析により明らかにしていく。ともするとその句に私たちは、自然描写を詠んだ芭蕉の風流さを思いがちだ。が、嵐山氏はそれをフィクションだと見る。
 1682年に深川で発生した火事で焼け出された経験をもつ芭蕉は、聞きもしなかった「蛙飛び込む水の音」と、誰も合せようとは思いもつかない「古池や」を合わせ、そこに自らの姿を描き出したのだ、と。そもそもカエルはよほど急を要する事態に遭遇しない限り音を立てて水に飛び込むようなことはしないという。それを後世の誰もにカエルが水の音を立てる様子を風流だと思わせたところに「悪党芭蕉」の天才ぶりがあると著者は考える。また、その「蛙合」が「生類憐みの令」を発令した五代将軍綱吉の時代を背景に行われたことは、芭蕉が幕府をも味方につける時代感覚や目配りをもっていたことの証だと分析している。

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