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「花火屋の大将」
丸谷才一
文藝春秋
 「このところ蛙に凝っている。」と作家で評論家の丸谷才一氏はエッセイ集『花火屋の大将』(平成14年7月15日第一刷発行)のなかで語り出す。もちろん、カエルを飼っているわけではなく、日本文学においてカエルがいかに重要な役割を果たしてきたかについて書いている。
 「そもそも日本文学は蛙から始まるのである。」として挙げているのが『古今和歌集』の仮名序の一文。「花に鳴く鶯、水に住む蛙(かはづ)の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか、歌を詠まざりける。」 わが国最初の勅撰集である『古今和歌集』の序文に鶯に並んで挙げられたことで、カエルは日本文学に確乎たる地位を占めることになり、それ以後歌人は本職も素人も鶯や蛙に張り合うように歌を詠むようになったと、評価する。
 その功績を称えてかどうかは知らないが、実際、カエルについて詠んだ歌は今も昔も数多くある。そして、何といってもカエルを一躍わが国の文学界のスターダムに押し上げたのは、ご存知、江戸の俳諧師松尾芭蕉のあの一句だろう。さらに現代詩においては忘れてならない蛙の詩人、草野心平がいる。
 このように日本文学史的な偉業にカエルが関係している理由を、カエルがどう表現されているかに立ち返りつつその背景には「雨量の多い気候」「日本人の縮み志向」「蛙の変態と出世譚」があるとする。
 この、カエルと日本文学の関係を論じた「蛙の研究」はこの本の最後に収められているのだが、全体を読むことでカエルと人間の文化の関係についてさまざまな示唆が得られる本であることも付け加えておきたい。

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