book image
「ブンナよ、木からおりてこい」
水上 勉
新潮文庫
ブンナはトノサマガエルの子どもで、その名は釈迦の弟子の一人、ブンナーガから取られている。そのブンナーガの苦悩をカエルに置き換えて表現するという、少年時代、禅寺で過ごした水上勉ならではの童話作品である。
 カエルは生態系ピラミッドでは中間に位置し、猛禽類やヘビなどには逃げ遅れたら最後、あっけなく食べられ、虫など自分の目の両目の間隔より小さい動物は粘着性のある舌を伸ばして貪欲に食べて生きている。確かに、ものの哀れと罪の意識を絶えず感じずにはいられない存在なのだろう。ブンナの苦悩もそこにあった。
この作品における捕食する者とされる者の心のかけひきはすさまじく、さらに自然描写や動物たちの生態もリアルで、まさにブンナの気持ちになって天敵におびえ、絶望にぶつかり、逃れ切ったところで希望を見いだし、さまざまな体験の果てに悟り、元気になるという、“カエル体験”をすることができる。
最後の方で、死にゆく鼠(ねずみ)がブンナにいう。「きみがぼくの死んだあとくさったからだからとび出る羽虫をくったら、ぼくの生まれかわり。元気になって地上へおりておふくろや仲間にあってくれ・・・・・・それは自分がゆくのと同じことなんだから」。その言葉は、ブンナを元気にしたのはもちろん、カエルたち、そして私たち人間をも救う言葉だろう。
この作品は文学者に童話を書いてもらうという、出版社の企画から生まれたものだそうだが、子どもには自分で理解するにはむずかしいかもしれない。むしろ親が子どもに読み聞かせてあげて、自発的に読みたいと思った子どもが本を手に取ればいい。そう作者自身も書いている。


Copy(C)2011 K&K Ltd.All rights reserved